日本磁器発祥の地・有田。
約400年の間、日本のみならず世界の陶磁器産業に影響を与え続け、
今日までその技術や伝統が引き継がれてきました。
しかし現在、IoTの普及、後継者不足、流通の進化など、
産地を取り巻く状況は大きく変わろうとしています。
そんな中、「産地でものづくりを続ける意義」が問われています。
産地の未来をどう描いて、次世代に引き継ぐのか・・・。
「伝トーク!!」では、
陶磁器産業に携わる若者を‘力士’ならぬ‘話士(はなし)’とし、
様々なテーマをもとに、想いをぶつけ合うトークバトルを繰り広げます。
この「伝トーク!!」を通して、
陶磁器産業の製造・販売に携わるひとりひとりが、
‘自らの思いを伝える事’の大切さを再認識しつつその力を養っていく機会となり、
視聴される皆様に産地の現状をありのままにお伝えし、
応援してくださる仲間が増えることを願っています。
令和七年波佐見場所
有田町では、毎年11月に「石場相撲」という町内の地区対抗相撲大会が開催されています。
この相撲の歴史は古く、少なくとも明治時代の終わりには、
磁器の原料である陶石の採掘の安全や有田焼の隆盛を願って行われていました。
毎年11月15日・16日の2日間に渡って行われた「石場相撲」の成績を以って、
近在のアマチュア相撲の番付が決まるなど、格式のある相撲大会でした。
町内だけでなく、近郷の村や佐世保の海兵団からも数多く参加者が集まっていたのは、
箱一杯分の有田焼が賞品という、その豪華さも理由の一つだったとか。
当日は窯元や商家で働く人も休日となり、
提げ重にご馳走を詰めて、総出で相撲見物に出かけていました。
雪がチラつく季節なので、燗付けした酒を飲みながら、勝敗を巡って喧嘩も絶えなかったようで、
また、その喧嘩も石場相撲の楽しみでした。
娯楽の少ない時代であったとはいえ、有田を代表する年中行事の一つであったということです。
石場相撲場での東京大相撲
昭和31年11月28日
(有田町歴史民俗資料館提供〈岩崎家蔵〉)
時津風一行156人による大相撲に、相撲場開設以来の大観衆。入場観衆は2万人を超えた。
東京大相撲での横綱鏡里関の土俵入り
昭和31年11月28日
(有田町歴史民俗資料館提供〈岩崎家蔵〉)
石場相撲
昭和30年~40年頃
(有田町歴史民俗資料館提供〈田中家蔵〉)
令和初の石場相撲場
令和元年11月16日
(有田町役場提供)
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